なぜ怒った時に大声を出して怒鳴るのか(2013年7月のMonthly Thoughts)

これは私がエネルギーワークを通じて分かったことなのですが、私が感情(動くエネルギー)を止めたり、制限を加えたりすると、時間とともにブロックができあがり、エネルギーフィールドの中が、本来であればとても繊細なものであるのにそうではなくなり、例外的なものであるはずの鈍感さがあたりまえという状態になっていきます。ハートは、開いているならば正確に機能し、愛を放射し続けるのですが、その愛を流さずに長い間一か所に溜めてしまっていると、ブロックができあがり、結果的に自分と他人の両方を傷つけることとなってしまいます。

皆さんに、短い物語をここでお伝えしたいと思います。その中には、明白な真実が含まれていることを、きっとおわかり頂けることでしょう。この真実を、私はこれまで人生の中で何回も何度も目にしてきました。

 

あるヒンズー教の聖者が、沐浴のためにガンジス川を訪れていました。すると、その河のほとりで彼は、ある家族に出会いました。 その家族は、互いに怒鳴り合っていました。聖者は弟子たちに向かって振り返り、微笑みを浮かべ尋ねました。

「なぜ人間は怒りを感じると大声を出して怒鳴るのでしょう?」

弟子たちはしばらく考えていました。そのうちに、一人の弟子が言いました。「それは、心の静けさを欠いてしまうから、怒鳴るのではないでしょうか。」

「しかし、相手がすぐ隣にいるのに、なぜ怒鳴る必要があるのでしょう。穏やかに言ったとしても通じるではないでしょうか。」と、聖者がさらに尋ねました。

何人かの弟子が答えを言ってみましたが、誰もが納得するような答えを見つけることはできませんでした。やがて聖者が説き始めました。

「2人の人間がお互いに対して怒りを感じていると、心と心の間に距離ができてしまいます。その距離を埋めるために、遠くの相手に聞こえるように、大声を出すのです。怒りが強くなればなるほど、その距離はさらに遠くなり、より大きな声で怒鳴らなくてはならなくなるのです。

もし逆に2人の人間が恋に落ちたとしたらどうなるでしょう。怒鳴り合うどころか、穏やかに話し始めるはずです。なぜなら、心と心がとても近くなっているからです。その距離はとても小さく、あるいはまったく存在しないほどかもしれません。」

聖者は続けて言いました。

「もし互いの愛が強くなれば、どうなっていくでしょうか。恋人たちは話しすらもしなくなり、ただ囁きあうだけとなるでしょう。やがて囁くことも必要なくなり、目だけで言葉を交わしはじめます。愛し合う者同士は、それほどに近くなっていくのです。」

そして聖者は弟子たちを見て言いました。

「ですから、もし互いの意見が合わないという時も、心が遠ざからないようにしましょう。距離を増すような言葉使いをしないよう努めるのです。そうでなければいつか、戻る術が分からなくなるほどにその距離が大きくなってしまうかもしれません。」

 

私の経験では、ハートを開いたままにすることは、時として非常に困難さを伴うものでした。心を閉ざし、エネルギーや感情を流さないようにすることは、もはや私にとって選択肢の一つですらないということが、ようやく最近分かりました。感情やエネルギーに責任を持ち、溜めることなく、かつ注意深く流すようにしていくためには、少し訓練が必要かもしれません。それは時間をかけて、慎重に身につけていかなければならないスキルなのです。

Loving Support自らの内側を見つめる時、あるいは自分自身や他者を愛する時に、望む以上の距離をおいていないか、注意してみてください。ハートが、無理せずとも愛を放射し、自由に、制限なしに生きていられるのならばよいのですが、もしそうでないと感じるのであれば、私が提供しているセッションについて調べてみてください。エネルギーフィールドにできてしまったブロックや制限を取り除くことや、ハートをオープンにすること、そしてハイヤーセルフとの密な関係を取り戻すことは、私のとても得意とする分野です。

私は今、一日毎に、一呼吸毎に、より意識的になれるよう全力を注いでいます。そして感情がより自由に流れるよう努めています。心を開いて輝くかわりに、自分を制限し、心を閉ざした時に一体どうなるかについて注意深く観察をしています。ハートがより大きく広がり、周りにあるすべての愛が努力することなく自分に流れ込み、私を通して放射できるようにするために、私は持てる力の全てを注いでいるのです。

 

光と愛と奉仕の中で、

アダマ